江戸期日本の決済システム－貨幣、信用、商人、両替商.PDFVIP

Discussion Paper Series No. J87 江戸期日本の決済システム －貨幣、信用、商人、両替商の機能を中心に－ 鎮目 雅人 （神戸大学経済経営研究所） 2008 年 2 月 ※この論文は神戸大学経済経営研究所のディスカッション・ペーパーの中の一つである。 本稿は未定稿のため、筆者の了解無しに引用することを差し控えられたい。 江戸期日本の決済システム ――貨幣、信用、商人、両替商の機能を中心に―― 神戸大学経済経営研究所 鎮 目 雅 人 要旨 本稿では、貨幣、信用、商人、金融業者の機能に着目し、江戸期日本の商品取引における決済の仕組み を図式化する。商品取引の決済方法としては、商品の買い手が貨幣により直ちに代価を支払うか、代価の 支払い（相殺による決済を含む）が可能となるまで支払いを繰り延べる（信用を利用する）という 2 つの 方法がある。江戸時代の日本では、貨幣、信用を利用した決済サービスの提供について、大坂を中心とす る両替商ネットワークが中核的な機能を果たしていた。 キーワード：江戸時代の決済、貨幣、信用、両替商 １ は じ め に 商品取引における貨幣1 と信用の機能は、Adam Smith や Jevons といった経済学の古典において論じられ ていた基本的な問題である2。また、経済史とりわけ貨幣史に関するこれまでの研究のなかには、貨幣の本質 3。しかしながら、最近の経済理論・実証研究者と経済史研究者の間では、 に関わる重要な知見が含まれている 用語の定義を含めてこの問題について必ずしも共通の理解が得られているとはいえず、このことが、貨幣史 研究者の研究成果を学界全体で共有することを妨げている面もあるように思われる。 本稿では、特定の専門分野に限らずより広い視野から歴史を分析するための議論の出発点として、商品取 4 引の基本に立ち返り、決済 における貨幣と信用の機能について考えてみたい。具体的には、江戸期日本を例 に、決済という概念を用いて、経済取引とりわけ商品流通における貨幣と信用の機能、ならびに商人と金融 5 業者の役割について整理する 。 主な論点は、①商品取引の決済方法としては、大きく分けて、商品の買い手が貨幣により直ちに代価を支 払うか、代価の支払い（相殺による決済を含む）が可能となるまで支払いを繰り延べる（信用の供与を受け る）という2 つの方法があること、②貨幣も信用も、経済全体でみた決済にかかる取引費用を軽減させる機 能を果たすものであること6、③江戸時代の日本では、商人ならびに商人から分化した金融業者が、貨幣や信 用を利用しつつ、顧客から対価を得て決済サービスの担い手となっていたこと、の 3 点である。なお、本稿 で信用という場合、商品流通における信用取引を念頭に置いており、金融史の文脈では、長期の設備資金に 対する「産業金融」と対比される短期の運転資金に対する「商業金融」の概念にほぼ相当する。 ２．物々交換と貨幣・信用 Jevons (1875) は、物々交換経済においては、「欲求の二重の一致」（double coincidence of wants）とい う条件が満たされないと、取引が成立しないことを指摘し、通貨の使用によって、「欲求の二重の一致」の 制約が克服されると述べている7。通貨の機能に関する理論的研究は、この Jevons の指摘を議論の出