人権尊重と差別問題-関西大学.PDFVIP

人権尊重と差別問題 康　　由　美*　 第１　日本国憲法下における差別問題 １　「人権」とは 　「人権」とは、人間が人間であるがゆえに当然認められるべき基本的な権利である。即ち、「人 間である」というだけで、絶対的に認められるべき権利であるということができる。性別、人種、 職業など、いかなる事由によっても差別されず、あらゆる人に認められるべきものである。した がって、「人として享有する人権は、不法入国者であっても享有することができる」（最判1950年 12月28日民集₄ －12－683）ものである。 　しかし、人類の歴史において、すべての人に、この当然の権利である人権が守られた時代は、 かつて存在しなかった。古くは奴隷制度に遡り、昨今においては、犯罪者や外国人など、全世界 的に、その人権の尊重が十分にはなされていない人々が存在する。 　日本においては、昨今、日本で生活する外国人をめぐって 「多民族共生」が叫ばれて久しい。 そもそも、「共生」とは生物学における用語であり、異種の生物が相互に利益を受ける共利共生と、 一方しか利益を受けない片利共生とがあるが、いずれにせよ、本来は生物が生存を維持するため の戦略である。この言葉が使われ出した頃にも、外国人は従来から日本において生活をしてきた のであって、日本社会が単にその存在に目を向けなかったにすぎないと主張する在日外国人も少 なからず存在したように、本来は 「多民族共生」のあり方そのものが、問われている。その点に 鑑みると、日本社会における 「多民族共生」とは、外国人の人権尊重が最優先されるべき片利共 生であると言えよう。確かに、日本社会において多民族の文化が存在することによって、日本社 会の文化的発展もあり得ようが、日常生活においては、異なる文化 ・習慣を有する人々を、いか に受け入れるかが最重要課題となっているからである。端的に表現すると、「嫌いな人ともこの 社会の中で共に生活すること」が求められているのである。 　そういう意味で、人権の尊重とは、自身の人権を守ることのみならず、他者の人権をいかに尊 重できるかが問われているのである。 　この論考は、差別問題の背景には、社会的・構造的な問題が横たわっている事実や、主に国家 主権と対置される外国人の人権状況をめぐって、その改善のための糸口には、公的機関の積極的 * 編集部注  弁護士 ― 1― な関与が必要となるのではないか、という問題意識についての考察である。 ２　公権力による人権侵害 　人権を侵害する主体は、古くから公権力であると言われてきた。たとえば、逮捕 ・勾留手続に よる身体の拘束、死刑執行による生命の剥奪などの刑事手続の他、私的財産を剥奪する税制度な ど、日常生活においても、公権力により生命 ・身体 ・財産の自由権は侵害され得る。 　たとえば、えん罪事件のように、無辜の者が不当に身体の自由を剥奪されたり、甚だしくは命 を奪われたりしたような場合、原状回復はおよそ不可能である。アルカイダと関係があるとして 逮捕された人が、経営していた会社が倒産し、逮捕の事実が世界中に知れ渡ってしまったため、 今なお海外渡航が著しく困難となり、母国への渡航も未だ果たせないでいる事実は、記憶に新し い。罪名がいかなるものであれ、いったん、逮捕 ・勾留された場合、たとえ刑事裁判が確定しな い未決であるといえども、外部との交通が遮断され、新聞購読の自由すら制限され、投薬などの 治療もままならないなど、深刻な人権侵害にさらされる。 　また、理解不能な計算方法によって一方的に徴収される税金において、これを不服とする税務 訴訟の勝訴率は著しく低い。 　そして、人権侵害の最たる状況が戦争であることは言うまでもない。 　このような公権力による人権侵害は、まずは生命すら奪えるほどに深刻であり、その回復が著 しく困難であり （戦争による損害は賠償されない）、加害者の処罰が困難であり、予防を図る要 請が強いという特色がある。 　日本国憲法は、こうした公権力の濫用による不当な人権侵害を未然に防止するため、公権力の あり方の根本を定めている。三権分立機構の採用、国民主権原理の導入、基本的人権の尊重の標 榜などである。 ３　日本国憲法の構造 　この意味で、憲法