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日本語版出版に寄せて 本書は，国際老年精神医学会（International Psychogeriatric Association：IPA）が作 成した老年精神医学専門教育のための教材集「BPSD教育パック第2版」を，日本老年精 神医学会が翻訳したものである。 認知症のBPSDは 1996 年の国際老年精神医学会コンセンサス会議において behavioral and psychological signs and symptoms of dementia（BPSSD）として 提唱され，その後 signs が除かれ BPSD （ Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia ）と呼ば れるようになった。以降IPAはこのBPSD概念の普及に努めており，BPSD教育パック第 1版は1998年に発行され，我が国でも日本老年精神医学会により2005年に翻訳版が発行 された。当時から「認知症の行動・心理症状」と訳されているが，このような普及活動の 効果もあって，現在では認知症専門医だけでなく一般精神科医や介護・福祉関係の医療専 門職の間でも略語のBPSDで通用するようになってきていると思われる。しかし一方で， 精神科以外の一般診療医やかかりつけ医には必ずしも充分に浸透しているわけではないと いう現状もあろう。 なお，以前から認知症症状は「中核症状」と「周辺症状」に2分されており，後者は問 題行動や精神症状，せん妄などが代表的症状として含まれていた。しかし，「周辺症状」 には，対応に困る厄介な症状といった誤解に基づく偏見（いわゆるstigma）が関係し， また意識障害に基づく「せん妄」も含まれているなど医学的問題もあることから，さらに は「パーソンセンタードケア」など介護への導入にも重要であることから，新たな概念と してBPSDの提唱は自然の流れだったと思われる。 日本語版第1版の序文にて，松下正明先生（当時日本老年精神医学会理事長）は， 「BPSD概念で最も重要なことは，あるいはいわゆる「痴呆」とBPSDとを分ける最大の ポイントは，痴呆性疾患には種々の精神症状が共存しており，その精神症状なしには痴呆 全体は理解できないという思想，痴呆性疾患は脳の器質的変化によって生じるものの，一 方では，その発症や臨床像の修飾に心理的，社会的要因が関与しており，その関与が集中 するのがBPSDであるという思想，そして，現段階では痴呆の中核症状の根本的な治療は 困難であるがBPSDは治療可能性が高いという思想，の3つの思想を主張することにあ る。」と述べられた。重要性を表現するこれ以上の表現はないため，再度掲載させて頂き BPSDの意義の解説とした。第1版から相応の時間が経過し，その概念自体そしてその臨 床的意義は変わらずとも，認知症疾患の病態解明やケアを含めた治療法などの進歩をふま 3 え，また社会情勢や生活環境の変化にも影響を受ける認知症症状であるので，今回必然的 に改訂された第2版の内容は現代の実臨床に即したガイドラインとして意義深いものであ ると思われる。 以上から，本書は，老年精神医学の専門医や精神科医だけでなく，一般診療医，コメ ディカルスタッフ，そして認知症医療に関わるすべての協働スタッフの方々にぜひとも読 んで頂きたいものであり，だからこそ学際的組織である日本老年精神医学会が総力を挙げ て監修・翻訳を担当した次第である。明日からの実臨床に少しでも役立つことを心から 願っている。 終わりに，今回の出版について，まずすべてにご主導頂いたのはIPA前Presidentである 武田雅俊氏（大阪大学教授）であり，また大阪大学精神医学教室の田中稔久氏をはじめとす る教室員のご尽力がなければここまでには至らなかったことを記し，心から感謝の意を表す る次第である。また，小生と共にモジュラー別監修をご担当頂いた繁田雅弘氏，朝田 隆 氏，本間 昭氏，齋藤正彦氏，前田 潔氏，天野直二氏，武田雅俊氏の諸先生方に深謝申 し上げる。