方向転換目指すフランス農政―新農業基本法制定に向けて―.docVIP

　方向転換目指すフランス農政―新農業基本法制定に向けて― 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　北林寿信 　 　目次 　はじめに 一　新農業基本法制定の経緯と動機?目標 （一）シラク演説と保守?中道政権下の制定作業 （二）保革共存政権下での制定作業 （三）制定の動機と目標　 二　共通農業政策（ＣＡＰ）改革の影響と対応 （一）九二年改革のインパクト （二）アジェンダ二〇〇〇とフランスの対応 三　新農業基本法案の概要と地方経営契約 （一）新農業基本法案の構成と主要内容 （二）地方経営契約 　引用?参照文献 　付録１：現行法?政府法案?国民議会法案の対照（第一　　　　　　　 　　条―第六条） 　付録２：既存契約援助一覧表 　 　はじめに 　一九九六年三月、フランス最強の農民組合?全国農業経営者連盟（ＦＮＳＥＡ）の五〇周年記念祭でシラク大統領が表明したフランス新農業基本法（旧政権案では「農業?食料?林業基本法」）制定の動きが大詰めを迎えている。シラク大統領が自ら打って出た国民議会（下院）解散（一九九七年四月二一日）が裏目に出て保守?中道政権が敗北、制定作業は一時中断したが、社会党を中心とし、共産党?緑の党も加わる左翼連立内閣は装い新たな新農業基本法案を提案、昨年一〇月には国民議会（下院）を通過、本年一月一九日からは元老院（上院）での審議も始まった。本稿で追跡できるのは元老院経済問題委員会報告が出された昨年一二月までの動きであるが、公刊はこの成立後となるかもしれない。 　現時点で参照できる法律案は政府案、国民議会採択案、元老院委員会案に限られる。フランスの議会審議では、政府案が数多の修正を受けるのが通例であり、現に国民議会審議では多くの修正がなされたし、さらに元老院委員会も九二件の修正案を提案している。また、この法律の実施については、目下検討中のＥＵ共通農業政策（ＣＡＰ）の改革も深く関係する。従って、今はこの法律に関する決定的評価を下す時期ではないが、それが提起した問題を知ることは決して無意味ではない。 　というのも、フランス新農業基本法制定の動きの底には、世界的な低価格競争の奔流に身を投じ、その陰で農業者への所得直接補償を追求する現在の農業政策の主流に対する根本的批判と挑戦があるからである。 　昨年三月三一日のＥＵ農相理事会は欧州委員会が用意したアジェンダ二〇〇〇の枠内での共通農業政策（ＣＡＰ）改革案を公式に討議する最初の場となった。四月八日づけの『ル?モンド』紙は、この会議の情景を次のように伝えている（［］内は筆者の加筆）。「［ＥＵ農業担当委員］フランツ?フィシュラーは大して驚くこともない［大臣たちの］演説を聞きながらまどろんでいた。かれは突如ビクリとした。このとき、［フランス農相］ルイ?ルパンセックはこう告げていた。欧州農業の使命は小麦や牛肉や酪農品を世界市場に輸出することではない、従って輸出を助長するために新たに価格を引き下げる理由はない、そのような政策は本質的に見えること、すなわち『欧州的農業モデルの保存』とは逆に新たな経営集中に導く、と」。 　ルイ?ルパンセックによれば、国際競争力の強化のために保証価格を一層引き下げ、その代償として農業者への直接援助を増やそうとするこの改革案が実施されれば、農業者の可処分所得に占める直接援助の比率は穀作農家で一一〇％、畜産農家で二一〇％にもなり、納税者に対して到底正当化できないし、再開間近な国際貿易交渉を乗り切ることもできない（dis.,1998.3.31）。 従って、新農業基本法は多方面からの批判に耐え得る新たな正当化理由の上に農業者への公的援助を再構築し、フランスがＣＡＰ改革への「提案勢力」となることを狙う（J. O.:Doc.:A.N.,No.977,1998.6, dis.,1998.5.26）。 このように、フランス新「農業基本法」（正確には「農業の方向づけに関する法律」、以下では特別な意味合いを持たせる場合は除き「基本法」と呼ぶ）制定の狙いが、フランス農業（政策）だけでなく、ＥＵ、ひいては世界の農業政策の基本的方向づけに対する根本的な問題を提起することにあるとすれば、新農基法制定の途上にあるわが国でも、この動きを無視することはできないであろう。 　これが本稿執筆の動機である。最初にこの法律制定作業の発端から国民議会審議完了までの動向を概観し、その動機?目標を農相発言から要約する。次に、この動き促す最大の要因と推論されるＣＡＰ改革との関連を考察する。この法律の内容に関しては概要を示すにとどめる。条文全体の分析?評価は本稿執筆の意図からして無用であるし、宣言法の性格が濃厚なわが国の「基本法」と異なり、政策推進のための具体的手段ま