哈尔浜秋林公司小史-dspace.lib.niigata.PDFVIP

哈爾浜・秋林公司小史 井村 哲郎 はじめに チューリン商会は1867年に極東ロシアのイルクーツクで創業されたが、ロシア革命を逃れて 1918年哈爾浜に本社を移した。中国名は「秋林公司」あるいは「秋林洋行」である（以下、と くに必要ないかぎり、チューリンあるいは秋林とする）。創業時から1931年満洲事変までは主 に哈爾浜在住のロシア人、白系ロシア人、外国人を客として、高級商品、食料品を販売し、ま たいくつもの工場を経営する全満洲屈指のデパートを中心とする企業となった。その後「満洲 国」期には、満洲国法人となって生き延び、さらに1945年8月のソ連軍の東北侵攻以降はソ連の エージェントとなり、ソ連軍撤退以降もソ連系資本のデパートを中心とする企業体として存在 し、新中国成立以降、1953年中国側に売却されて、現在に至っている。文化大革命時期にはそ の名前を東方紅百貨店などと変えて存続し、数年前経営危機に陥ったが、その後経営を立て直 し、所得水準の上がった哈爾浜市民を相手とするデパートとして規模を拡大し、現在は新館を 建設中である。チューリン・秋林は、創業以来、哈爾浜、ひいては中国東北の社会経済体制の 変化という時代の要求に応じて経営主体と経営形態を何回も変えながら、19世紀後半から現在 まで哈爾浜を中心に経営を持続してきたところにその大きな特徴がある。 1920年代に最盛期を迎えたチューリン・デパートについては、内山ヴァルーエフ紀子が論じ ているが1)、この論文は、1920年代までのチューリンの活動について明らかにした大変興味深い ものではあるが、満洲国成立以降の秋林についてはごく簡単に触れられているだけであり、ま た戦後の秋林についても論じていない。これまで、日本では、秋林公司の全史を描いた論考は 存在しないため、本論では、現在利用可能な史資料を利用して、その小史を試みることとした い。 １．1931年までの秋林公司 I ・I ・チューリンは1833年生まれ2)。若年の頃はイルクーツクで日用品、軽工業製品、簡単な 農具などを扱う行商人であったが、次第に利益を上げて、黒龍江の水運を利用して沿岸各地を 往来し大量の商品を売買した。冬期には毛皮などシベリアの特産、農産物を買い付けイルクー ツクで販売して、次第に財を蓄え、1867年ニコライエフスクにI ・I ・チューリン商会を設立し、 社長として経営を行った3)。その後、チタの河港都市スレチェンスクからアムール河口に近いニ コラエフスク・ナ・アムーレにかけて、すなわちチタから黒龍江沿いに沿海州まで配送販売を - 92 - 図 1 モスクワ商場 行い、1870年代にはブラゴヴェシチェンスクやウラジオ ストックに支店（デパートなど）を開業して、事業を拡 大していった4) 。さらに、チューリン商会は人材と出資 者を集めて、ハバロフスク、ニコリスコエなどに進出し、 イルクーツクに百貨店、化学工場、醸造工場、農機具製 造工場などを開設した。1882年チューリン商会がチュー リン会社に改組された後、I ・I ・チューリンと同郷で大 株主であったA ・カシヤノフが社長となった。カシヤノ フは経営の才能豊かであり、チューリン会社をさらに発 5) 展させていった 。 I ・I ・チューリンは1895年イルクーツクで死去したが、