十『世间胸算用』.DOC

十 『世間胸算用』 【作品解説】 『世間胸算用は』は、井原西鶴が元禄五（１６９２）年に著した浮世草子の一つで五巻五作から成る「町人物」である。傍題に「大晦日は一日千金」という傍題が付けられているように、すべての話が大晦日の一日に集約されている。作品の主題は、「序文」の「元日より胸算用油断なく、一日千金の大晦日を知るべし」という一節に示されている。作品の舞台は、江戸?堺?奈良?長崎などといった地方都市も選ばれているが、多くは京と大坂を中心としている。作品に登場する人物は、名もない庶民たちばかりで、その出身階層は、みな中産階級以下であり、中には極貧層に属する人物も登場している。 この作品の意図は、金銭を支配しようと努力しながらも、逆に金銭にもてあそばれる町人たちの悲劇性を描くところにあった。西鶴は、町人たちの悲劇性を描くに際して、特定の主人公を設定せずに、中間層以下の人物を集合的に登場させ、それぞれ少数の登場人物の行動によって表現したのである。また、舞台がすべて大晦日に設定されているが、その一日は現代と異なり、売り掛け?買い掛けを総決算する日であった。富める者も貧しい者も、誰しもが越えなければならない一日であった。彼らは、この日を乗り切るためには手段を選ぶ余裕がなかったので、互いがその駆け引きに必死にならざるを得なかったのである。ここに登場する人々は、この日を乗り切るために、平素のように道徳や人情の仮面をかぶっているわけにはいかず、他者を排斥したり欺いたりするほど自己中心的にならざるを得ないのであった。そこには、人間のむき出しの欲望やエゴイズムがくっきりとあらわれている。売り掛けした側は、新しい年の運転資金を確保するために、何としても代金を回収しなければならなかったし、買い掛けした側も、少しでも多く生活資金を確保しなければならなかった。どちらの側も義理や人情をうち捨てて、金銭の貸し借りという問題に向かい合わなければならなかった。当時は、こうした小さな貸し借りに法の手が伸びることは少なく、多くの場合は当事者間での解決を余儀なくされたので、両者のエゴイズムが激突することになったのである。この作品に取り上げられた多くの話が買い掛けをした側の才覚や知恵に焦点が当てられており、いわば「借金取り撃退法」という側面を持っている。だが、西鶴がこの作品で本当に描こうとしたものは、そこにあるのではなく、中間層以下の町人たちの絶望的なまでに惨めな生活であった。それ故、個としての人物の悲劇を描くという手法をとらず、無名の人物たちによる抽象性を生かして、層として中流以下の人物たちの金銭にまつわる悲劇性を描こうとしたのである。 　商業資本が大きな資本のもとに吸収され、金持ちはますます富み、貧乏人はますます貧しくなるという社会的な状況でも、この作品に登場する人物たちの生き様はたくましく、彼らはいかなる状況にも耐え抜こうとするのであった。近松門左衛門の浄瑠璃に見られるような、心中や自殺を選ぶ人物はまったく登場していない。たとえ、不正な手段を用いた渡世であっても、強く生き抜こうとした人間像だけが描かれているのである。 なお、ここでは、巻一?二「長刀はむかしの鞘」、巻二?四「門柱も皆かりの世」、巻五?一「つまりての夜市」という三つの作品を抄出して取り上げることにする。 （一）「長刀はむかしの鞘」 　①ににありて、また②みづのえ、③さるにこのめづらし。④はによりまりて、⑤のをこよみのに、のこれをなし。⑥よりしてのになりて⑦のもず、のせしく、⑧ことさらがちなるは、とと⑨つづくると、もかもにりぜて、⑩のとて、?いかな、ひとつもなし。?世にある人と見くらべて、ましくれなり。 　この?、?としてをるぞとしに、みな?のてあれば、しも世をなげくなし。?のき、そのにすます。そのによろづの、あるいは?????あぶらまでも、す人なければ?にしてをれば、?節季にさげて、?なしにへるものひとりもなく、におそれてびをするかたもなく、「?しみはにあり」と?のにならず。?しけてまさぬは、?世にまぎれてみけるにじ。これをに、人みな?のぐくりばかりして、?のせぬによって、?つばめのあぬ事ぞかし。?そのぎのはれたるなれば、づかひとつけるまでもない事なり。さるに、大晦日のまで?のにて、の事ども?としてくる事ぞと思しに、それぞれにをきけるありて、?するこそ哀れなれ。からは、きに?ひとつ、ひとつ、?かれこれにて、りて事すましける。 　またそのに、?がにて、?のつ、なしの、?の、?ツ、?の、?にのて、りめてにて、?りてを取りける。そのには?みけるが、より?にをければ、?の、のひとつにて、?はぎすれば、この?、ひたたれ、はいらぬとて、のにきて、ゆるりとをしける。 　その隣は?むつかしき、?しくにして、に?のにて