ライフヒストリーとライフストーリーの相違.pdfVIP

〔東京家政大学博物館紀要　第15集　p.11〜23,　2010〕 ライフヒストリーとライフストーリーの相違 ― 桜井厚の議論を手がかりに ― 亀﨑　美沙子 The Difference between Life History and Life Story: Focusing on the Discussion of Atsushi Sakurai Misako KAMEZAKI はじめに 　本研究の目的は、桜井厚の議論を手がかりに、ライフヒストリーとライフストーリーの相違につ いて明らかにすることである。 　ライフヒストリー及びライフストーリー 1） は、個人の語り、あるいは語りに焦点をあてた研究で ある。これらは社会学の領域で発展し、心理学、教育学、人類学、歴史学などの様々な学問領域で 広く用いられるようになった。しかしながら、ライフヒストリーとライフストーリーについては、 明確な区別なく異なる用語として用いられたり、しばしば混同して用いられたりする。明確な区別 を設けている場合にも、研究者によって両者を区別する視点は異なっており、呼び方の違いはある ものの、同じ研究方法であるという見方もある。 　筆者は、子育て支援活動としての「ひろば」実践に関する研究を進める中で、歴史的背景との関 連の中で実践者がどのような地域ニーズを掬い取り、どのような子育て支援の価値観を形成したの かを明らかにする際にはライフヒストリー的な手法を用い、ある特定の出来事に対する実践者の思 いや意思決定のプロセスを明らかにする際にはライフストーリーを用いてきた。しかしながら、改 めて研究方法について考えるとき、他の研究者がどのようにライフヒストリーとライフストーリー を区別しているのか、今後の研究を進めるにあたり、このことを整理しておくことが必要であると 考えた。 　そこで、本研究では、社会学において代表的なライフヒストリー及びライフストーリー研究者で ある桜井厚の著書を手がかりに、両者の相違を明らかにしてみたい。桜井は、ライフヒストリー及 びライフストーリーに関する研究を進める中で、ライフヒストリーからライフストーリーへと、研 究方法の主軸を移してきた。特に、2002年にはライフストーリーを著書のタイトルに採用してお り、この背景には桜井自身のライフヒストリーからライフストーリーへの「方法論的転回」があっ たことを述べている。このような桜井の著書は、ライフヒストリーやライフストーリー、その他の 児童学科　627資料室 — 11 — 亀﨑　美沙子 インタビュー研究において高い割合で引用、参照されている。また、これらの2つの研究について は様々な立場があるが、桜井の主張する対話的構築主義2） をとる研究が多い。 　このように、桜井の研究は近年のライフヒストリーないしライフストーリーに大きな影響を与え ているものである。そこで、ライフヒストリーとライフストーリーの相違を検討するため、桜井の 議論を手がかりとしてみたい。ここで主に対象とするのは、2002年に刊行された桜井の著書『イ ンタビューの社会学　ライフストーリーの聞き方』である。本書は著書のタイトルに従来の「ライ フヒストリー」ではなく「ライフストーリー」を採用した著書である。この文献を中心に、桜井の ライフヒストリーとライフストーリーの違いについて分析する。 １．ライフヒストリーとライフストーリー 　本研究で取り上げる桜井厚は、社会学においてライフヒストリー及びライフストーリーの研究を 行ってきた。従って、ここで取り上げるのは主に社会学におけるライフヒストリーとライフストー リーであることを断っておきたい。 （1）ライフヒストリーとライフストーリー 　ライフヒストリーは生活史と訳され、個人の語ったライフストーリーや、日記や手紙などの文書 資料を用いて個人の歴史を再構築したものとして捉えられる。ライフヒストリーには、①実証主義 アプローチ、②解釈的客観主義アプローチ、③対話的構築主義アプローチの3つの代表的アプロー チ