外科医回想録その一外科医不足の処方箋を考える.pdfVIP

森谷 （国立がんセンター）1 外科医回想録その一 ：外科医不足の処方箋を考える 客員教授、国立がんセンター中央病院大腸外科 森谷冝皓 （１）症例の大切さを注射器で私の脳髄に注入 大学紛争も下火となっていましたが、まだその残り火のあった1971 年に岡山 大学医学部を卒業しました。一人外科医の病院に3 年間ほど勤務しました。100 人の卒業生の内、30 人以上が外科系医局に入局しましたので、当時外科に進む ことは内科に進むと同様、一般的な流れでした。強いて外科を選んだ動機を挙 げれば、素人目から見ても勝負が早いし、自分の行った治療が患者さんに直接 反映し、ジメジメしていなくて、カラットした治療手段ではないかと考え外科 学を選択した記憶があります。しかし、手術があれば大学から援助に来ていた だき技術を盗もうとしましたが、一人外科医ではその医療内容、技術習得には 大きな限界があり、外科医としての技術を磨かないとよい医療はできないとの 決断に達し、色々とご無理をお願いして研修をすることになりました。まず大 学の麻酔科で一年ほど勉強し、また最初の赴任先の病院に戻り、手術の勉強が できる医療機関を探しました。医局に入らずの初期研修でしたので、当時の常 識からは大きく乖離した研修路を選択したことになります。頭で考えていた理 想的医療と実際にこれまで獲得した知識 ?技術とのギャップがあまりに大きす ぎました。しかし、この3 年間のハングリーな外科環境は、『症例の大切さを太 い注射器で私の脳髄に注入』してくれました。いまから思えば症例を大切にす る気持ちが植え付けられたことは、その後に自分の大きな財産となったように 思います。 森谷 （国立がんセンター）2 赴任先の病院長から、東京築地の国立がんセンター病院の部長でいらした岡 山大学出身の小山靖夫先生(現?栃木県立がんセンター名誉所長) を紹介していた だき、がんセンターにレジデント制度があるこいとを知り外科レジデントに応 募しました。今のレジデント制度からみれば極めてお粗末な制度でしたが、綺 羅星の如く輝いていた著名な外科医集団のなかで 3 年間勉強ができたことは大 変幸せでした。色々なタイプの先生に接すことができましたし、他大学出身の レジデントと交流することができ、今考えるとあの時の 3 年間は私の外科医人 生にとって極めて大切な経験でした。普通の病院では外科医の守備範囲は手術 だけでなく検査や診断など仕事も沢山あります。しかし、がんセンターでは外 科医は手術に特化していましたので、レジデント３年間で普通の病院で獲得で きる10 年間ぐらいの知識と技術を身につけたいと意気込んで研修生活を行いま した。1 年目は診断や病理で、2 年目からは臨床で、胃癌や乳癌の手術もさせて いただき2 年間で100 例程手術をしました。その当時は記録的な数字であった と思います。家族を岡山に残して赴任しましたので、その分頑張ろうと言う気 持ちが強かったのだと思います。しかし、当時の宿舎は，悲惨なものでクーラ ーがなく、仕事を終え、窓を開けて床に就くと蚊と魚河岸への深夜早朝の大型 トラックの騒音で、熟睡できず閉口したことを昨日の出来事のように思い出し ます。 （２）赤い術野では理性的な手術はできない 国立がんセンター病院での 3 年間のレジデント生活が終われば、最初に赴任 した病院に帰る予定でした。その少し前に小平進先生が築地から信濃町の慶応 大学病院に帰局されており、大腸外科のスタッフ枠に空きが出ていました。当 時の病院長の市川平三郎先生から、引き続きがんセンターで仕事をしてはとの 森谷 （国立がんセンター）3 温かいお誘いをいただきました。私に、がんセンター外科スタッフとしての重 責が務まるかどうか極めて不安でした。また、小山先生も 「岡山に帰る予定の レジデント」と考えておられましたので、積極的には築地での就職をお勧めに なりませんでした。しかし、人生には節目があるとおっしゃり 「君が築地にの こり頑張る気持があるのであれば君の判断を援助する」と言われましたので、 強い不安の中でありましたが築地残留を決意しました。こうした経