テンペラ画の制作と演習の意義について（ⅱ）.pdfVIP

岩手大学教育学部研究年報第59巻第2号（1999.12）1～19. テンペラ画の制作と演習の意義について（Ⅱ） 種倉紀昭＊ （1999年11月1日受理） 序 本論では前論（Ⅰ）に続き，主として混合技法や古典的絵画技法における「インプリミトゥー ラ」，「下塗り」の絵画技法史的意味に触れ，それらの「地塗り」，「彩色層」との関係を中心に 論ずる。（テンペラと油絵具による）混合技法に必須の「インプリミトゥ－ラ（インプリマ トゥ－ラ）」が，かつてどのような絵画層であったのか，また，「地塗り」とどのような関連を 以て発生した技法用語概念であったかを文献によって確認し，現代の絵画技法用語の在り方を 追究しようとするものである。 本論を通じて，テンペラ画の制作と演習は，絵画の作品享受と表現の領域において，単なる 油彩画に従属する付帯技法やマニュアルに留まらず，むしろ油彩画を技法史的に理解する可能 性をさえ持つことを実証することになるであろう。 また，前論（Ⅰ）に述べたとおり，テンペラ画の制作と演習は，それがマニュアル的な技法・ 材料研究に留まる限り，他の造形芸術と同様に限界を持っ。美学，芸術学（美術史，表現論等）， 絵画技法論，絵画技法史と近代・現代の美術，環境，人間.社会等との関係を無視できないの は他の造形芸術と同様であり，技法・材料研究の限界を解決するには，別の視点から制作主体 の感性と絵画思考を重んじ制作の意義を考察する必要がある。前論（Ⅰ）と同様に本論（Ⅱ） は，その限界を認めることを前提としつつ，テンペラ画の制作と演習での現代的意義と可能性 を現代の大学での絵画教育，絵画研究の視座で論ずるものである。なお，前論（Ⅰ）の4章の 節立てに大きな不備があった。本来は4章で5章の内容の大半を論ずべきであった。ここにお 詫び申し上げる。 1絵画組成諭の用語法から見たインプリミトゥ－ラと有色地塗りの関係について （1）混合技法におけるインプリミトゥ－ラの限定的な定義について 層）の用語について，日本の文献でどのように扱われてきたかを述べる。 「インプリマトゥーラimprimatura」の語の使用例はヴァザ一.）の著書に見られ，邦訳では ヴァザーリ研究全編『ヴァザーリの芸術論』1）に示されている。我が国で「インプリミトゥ－ラ （またはインプリマトゥーラ）」の語が実際の絵画技法用語として技法書に記述されるように ＊岩手大学教育学部 種 倉 紀 昭 なったのは近年であり，森田恒之「『マイエルヌ手記』覚書」（1970）2）や佐藤一郎「テンペラと 混合技法」（1977）3），デルナー著，佐藤一郎訳『絵画技術体系』（1980）4）が先駆けとなっている と思われる。 因みに，フランス語では有色地塗りの混合顔料をアンプリムールimprimeurと云い，有色 地塗りをアンプリムールと云う場合もある。 樹脂抽入りテンペラ絵具と樹脂油絵具を交互に塗り重ねて実施する技法が，前論（Ⅰ）で触 れたようにテンペラ絵具と油絵具による混合技法である。「脱脂の油絵具あるいはそれより ラズール もっと良いのだが透層する樹脂油絵具による黄土や緑土などを用いた有彩の調子づけである インプリミテウア 地透層」5）に続く彩色プロセス段階では形態形成の明暗調子の語調的ヴァルール形成と色面 構成的ヴァルールの形成との分業が行なわれる。その際，それに上描きされる，例えば薄層の 絵具層の彩度の効果や重色（重ねた彩色層による二次色）の発色性，また絵肌（マティエール） やヴァルール（色価）の効果的絵画のデザインを構想しなければならない。デルナーは以下の ように説明する6）。 できあがった白亜地・半白亜地・油地には，薄くて透過する任意の調子がつけられる。いわば ラズール 透層地になる。それには樹脂油絵具またはワニステンペラが使われ，固地には膠塗りも使われる。 少量の顔料をセラック絶縁剤に混ぜても，透層効果が得られる。ゴシック期と早期ルネッサンス の画匠たちは白色石膏地に赤味・黄味・緑味を帯びた土性絵具塗り（Imprimitura）で調子をつ けた。このことによりその地の吸収性は減少し，さらに下層描きまたは白色浮出のための中間調